「思いやり」は、人であり続けるために、重要なものの一つだ。
「思いやり」とは、相手の立場となって考えることである。
「思いやり」とは、相手の人生を考えることである。
「思いやり」とは、相手の感情を過度に心配することである。
「思いやり」の無い者は、人を殺す。相手が幼児でも、家族でも、恋人、他人でも関係はない。
「思いやり」の無い者は、戦争を起こす。原爆を落とし、多くの人々の心に深い傷を負わせる
「思いやり」の無い者は、簡単に「死ね」と言ってしまう。時には自らの意志とは関係なしに。
最近、いや昔からあったはずだが、殺人事件が増えている。
特に俗でいう、無差別殺人は相手の人生を考えず、自分の欲求、望みから起きたものだ。
飲酒運転。幼児虐待。そして戦争。
戦争は、民族、経済の利益を求めた戦い。
戦争は、罪の無い者を殺し、同じ仲間である人類、我々を創り繁栄させた地球を、壊した。
戦争は何も生み出さない。戦争には、悲しみと憎しみが残るだけ。
「思いやり」など、どこにもない。
僕は、あまり意識していないが、しょっちゅう「死ね」と言われていると思う。
僕はほとんど全く言わない。絶対に言わないと言ってもいいくらいである。
ごくごくまれに言ってしまうことがある。
その時は、「人間じゃなかったなぁ」と思い、反省します。
「死ね」なんて人から言われなくても、自ら命を絶つ人がいる。
「死ね」なんて言う気力もない人が、日々死んでいる。
「死にたくない」「まだやりたいことがある」
そう思う人はたくさんいる。
もし僕が不慮の事故で死んでしまったら、
僕は死後の世界ですごく悔しがっているだろうなっと思います。
小学校の教室の黒板の上にいつもあった言葉。
~~目標とかいうのかな?
『やさしく、かしこく、たくましく』
やさしく・・・思いやることだ。相手の立場に立てば、自然と優しくなれるだろう。
かしこく・・・善悪を見抜く。状況を的確に理解し、問題を解決することができる人のことだ。
たくましく・・・頭脳は肉体があってこそ。肉体は頭脳があってこそ。
もしかしたら、本当に人類があるべき姿は、
『やさしく、かしこく、たくましく』生きることかもしれない。
では、また^^
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