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5月4日、5日と幕張メッセで開かれている『9条世界会議』に昨日行ってきました。
『9条世界会議』-世界は9条を選び始めた
英タイトルは、Global Article Nine Conference To Abolish War です。
講演で言っていたこと、思ったことをとりとめもなく、だらだらと書いていきます。
まず新聞記事にもあるように、収納能力の高い国際会議場に収まりきらず、多くの人がこの世界会議に参加したことをうれしく思います。
外で待っていた人は、なんと3千人以上にもなるそうです。
今求められている力というのは市民の力であって、この会議が平和へのスタート地点となることを願うとともに、
その歴史的瞬間に立ち会えたことを非常にうれしく思っています。
講演で印象に残った言葉。
インターネットでWWWというのがあるが、まあこれはご存じ「World Wide Web」である。
だけどこれからは、「World Without War」にしようじゃありませんか!
It is time to abolish war!!
戦前7ヶ国だった常備軍を持たない国が、21世紀になって30ヶ国となっている。その勢いは急なものである。21世紀は平和にしようじゃないか。
いつかこんな風になればいいね。「ねえ、お母さん、戦争って何?」
憲法作成に関わった女性もきていました。
憲法作成時、彼女らは他のいろいろな国の憲法を参考にして作りました。
今の憲法は押しつけだから変えなくてはいけないなどという意見があるが、自分よりいいものを相手に押しつけるでしょうか?日本の憲法はアメリカのよりいい。
日本は昔から外国からいいものを取り入れてきました。漢字とかたくさん取り入れ、そして自分のものとしてきた。いいものをもらうのは押しつけではない。憲法も押しつけではないのです。
人種差別、環境問題などなど、人類が取り扱うべき問題は戦争以外にたくさんある。
国際問題を解決する手段は2つしかない。武力によるものと、話し合いによるものである。
戦争は、武力は、こういった環境問題等を解決するのではなく、むしろ後押ししているように思われる。
世界最大にして最強の軍隊でさえも、イラクの1つの都市をも平和にできない。
これはつまり、武力で平和は作れないということの証明ではないだろうか。
加藤登喜子さんのメッセージでは、
北朝鮮に攻められたらどうするとか難しく考えすぎている。
国があってその中に市民、国民がいるのではない。
我々がいて、その周りに家族がいて、都市ができて、社会ができる。そうして国ができるんだ。
さきに我々がいる。だから国がある。国のためにわれわれの生活まで捨てるのおかしい。
だから軍備を整えるより、我々の生活を考えるべきである。
また、「僕個人がなんかしたって何も変わらないじゃないか」と言う人がいるけど、そんなことない。
一人が小さなことでいいから変われば、周りが変わる。家族だったり、友人だったり、そして波紋を社会へと広げることができるのだ。
コスタリカの件も、市民の力が起こした一つの例であると言える。
最初に戻るが、今求められているのは、我々個人、一人一人の力である。
一人一人が他人を思いやり、9条を日本のみならず、世界の財産とする努力をすべきである。
でも、なかなか行動って起こせないものです。
では、また^^
今回の小論文の趣旨は、反論するということでした。
反論すると意見が決められているのです。論理的に反論しなければいけません。
以下問題文。
次の文章を読み、反論してください。
僕は中学校に制服なんかいらないと思います。
理由はたくさんあります。まず一つ目は、お金がかかることです。義務教育なのに、みんながお金をはらって制服を買わなくてはいけないのはおかしいと思います。ワイシャツも何枚もいるので、かかる金額も結構バカになりません。二つ目は、衛生的でないということです。毎日同じ服を着ているのは不潔です。しかも昼休みとかグラウンドで遊んだりするので、汗もすごく吸っているし、泥もたくさんついているのです。三つ目は、個性がなくなるということです。みんなそれぞれの好みとかがあるのに、それを全部無視して全員が同じ格好をするのは不自然だし、軍隊みたいです。そんなことをみんなに強制するのは乱暴だし、ある意味で人権を侵害しています。誰にでも自分の服装を自分で決める権利があると思います。
この文章は、制服が必要ないと考える理由が三つの点で述べられています。反論するには、それぞれに対して反対意見を述べていかなければいけません。
まず一つめに対する反論は簡単です。私服の方がお金がかかるという点。それに義務教育の意味を間違っていますね。
二つめについては、グラウンドで遊ぶときなどは、着替えればいいなどといえばいいし、下着やワイシャツは洗濯できるでしょう。
三つ目は難しい。まず制服がいやならば、制服のない学校に行くべきだ。そんな学校があることを知らないのがいけない。知っていたけど行けなかった、近くにそういった学校がない場合、彼は今の学校を制服のない学校に変えるべきである。
もし、彼がそういったことを起こし、全校で多数決をとるとする。しかし全国の統計では制服が合った方がいいと答える人がほとんど、制服は必要ないと考える人は1割程度らしい。
こういった情報から、彼の主張は全くのわがままであることがわかる。
まあそういった具体例はいいとして、結局何が言いたかったかというと、
①背理法で攻めろ
②無知は罪だ
もし~~だったらこうなるだろう。これはおかしい。だから最初の設定は間違っているという、一種の反論の方法である。
結構使えるらしい。先生の好きな攻め方だ。
②について、この中学生は、制服のない学校について知らなかった。もしくは制服に関する統計を知らなかった。
極端ではあるが、この情報化社会においては情報を持っている方が勝ちである。
知らないということは、調べる努力を怠ったという罪である。
知らなかったなどという言い訳はもはや通用しない。
こんな情報はいらないと知ろうともしない。もしかしたらいつか使える時がくるかもしれない。
そういう意味で幅広い知識と教養が必要である。
問題に直面したときに、その知識の中から適切なものを選ぶ力も必要である。
だらだらと書いてしまったが、②は重要であろう。
では、また^^
今回の小論文の授業は非常に内容が濃かった。
よって三回に分けてブログにまとめたいと思う。
おもしろい内容なので楽しみにしていてください。
今日は、家族で東京、銀座に行きました。
一応目的は、「生かそう憲法 輝け9条 憲法集会&パレード」に参加することでした。
集会が始まる13:30には、会場はすでに満席で、僕らは外のスクリーンで見ていました。
社民党党首、共産党の委員長がきてスピーチしました。湯川礼子?
非常によい集会でした。
アイスランドはどうだ、コスタリカはどうだ、無駄遣いが多すぎるとか、うれしい違憲判決がでたとか。
今憲法に関してどういったことが起こっているのかを整理することができた。
9条だけでなく、25、26,27条も重要である。
憲法を道しるべとして、歩んでいくべきだろうというものでした。
全体的に年齢層は高かったが、一部高校生がちらちらといて、驚きました。
諸事情によりパレードには参加しませんでした。
銀座にいくと右翼が大きな音を出しながら交差点に進入する場面をよく見ました。
車には「北方領土奪還」などなどが書かれていました。
憲法記念日にはこんなことも起こるのだなぁと。日本は変だな~おもしろいな~と思いました。
一種の社会勉強をしました。
そんなこんなで、贅沢して帰ってきました。
あ、ちなみに明日は、九条世界会議に出席します。
小論文については暇なときに書きますね。
では、また^^
さっきまで小論文の宿題を、
Backstreet Boysの『Millenium』を聞きながら、だらだらとやっておりました。
小論文の宿題は授業中にできなかったことの残りです。
今週の小論文の授業について。
一番最初に述べたように、小論文の土台には課題文の要約が必要です。
この土台がきちんとできていなければ全くダメです。
ということで、要約の練習をしました。
2005年7月4日「毎日新聞」の『余録』から。
エイズについてですが、僕が100字でまとめたものです。
↓↓
エイズ感染者数は増加傾向にあり、エイズは非常に身近な病となってきている。日本は危機意識が薄い。他国からの知恵を学び、感染者への社会的な支援や、感染予防の正確な知識を広げなくてはならない。
(92文字)
これは簡単にできますよ。コツはありますが。
次に読まされたのは、増田れい子『看護 ベッドサイドの光景』の一部です。
次の問題に300字で答えるのが宿題でした。
→医療従事者に必要とされるものは何だろうか。「あなたが必要と考えるもの」→「そのように考える理由」→「必要と考えるものをどのように身につけるか」の順で1つの流れになるよう配慮して、300字以内で述べよ
重要なのはこの順序ですよね。
前回も言ったようにこの順番で考えるのが一番よいらしい。
まあこんなもんでしたよ。小論文の授業は結構先生がしゃべってることが多く、小論文に関してはあんまり密度の濃い授業はしていません。
でも先生の話は全く無駄だとは思っていません。
では、また^^
GWの宿題大変だ~~~
僕の学校は、幸運なことに、小論文の授業が毎週水曜日にあります。
なかなかそんな学校はないのでは?
でも授業はノートをとるほど板書をしません。
ということで、毎週小論文の授業をブログの記事として保存しておきたいと思います。
そうすれば、多少なりとも読者の役に立つだろうを思います。
今週は、先週の「小論文とは何か」に続けて、「小論文の書き方」書きます。
授業が始まると、まずある文章を読まされました。
河合雅雄の『進化におけるはみだし者の役割』の一部です。
先生が伝えたかったことは、
この文章が「具体例」、「展開」、「意見」の順で書かれているということです。
多くの文章がこういった形でかかれていることが多い。
なぜならこのように書くと、論理的に文章が成り立っているように見えるからだ。
だから僕たちが書く小論文のこのように書くのがよい。
①具体例
②展開
③自分の意見
そして0番目として、問題提起をおいてもよい。
そうすれば、起承転結が成立する。
(例)
~とはなぜだろうか、どうして~なのか(問題提起)
それに対して~という具体例が挙げられる(具体例)
これは~ということである。ここから~だということがわかる(展開)
よって私はこう考える。だから私は賛成/反対である(意見)
しかしここで注意点がひとつある。
書くのは、①→③と順番通りだが、
考えるのは、③→①と逆である。
理由は前回のイメージが頭に入っていれば明瞭である。
自分の意見をしっかりとまず持ち、それを裏付ける形で具体例をつけなければいけないからだ。
つまり、課題文が与えられたとき、まず最初に賛成か反対かを決める。
まず決めるのだ。
その後、理由を考える。もちろん理由がなければ意見は決められないが。
そしてそれを裏付けるような具体例をだす。
ホントはそれに対する反対が必ずでてくるんだけど、
その対処についてはまだ何も言われてないかなぁ。
とにかく今回は、
小論文には順序があるが、その順序とは逆から考えていくべきである、
ということでした。
では、また^^